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想い ~戦いのあと・2~


フォンロン内、医務室。

「ウッ。あ……。」
重傷を負っていた坂巻が覚醒した。

「お、気がついたかな?」
薬品庫の整理をしていた艦医の川原が、坂巻が上げた小さな呻き声に振り返った。

「か、川原先生……。俺は――」
「おう。目ェ覚めたか?もう心配はいらんぞ。」
川原はベッドを覗き込んで微笑んだ。

坂巻は小さく頷いて、いぶかしそうに目を瞬かせる。

「朗報があるぞ。地球艦隊は火星空域の敵艦隊を撃破した。」
「ホント……ですか!?そいつァ、よかった!」

ホッとしたように頬を緩ませた坂巻だったが、しかし、ハッと何かに思い当たり、首をめぐらせ川原に問いかける。
「先生……。吉岡は?アイツ、は……?」

川原が、わずかに表情を強張らせるのを見て、坂巻の瞳が曇る。

「まだ意識が戻らなくてな。生命維持装置に繋いだまま様子を見ているところだ。……多臓器損傷による大量出血に加えて背部に広範囲の火傷を負っていた。なかなかキビシイ状態にあってな。手術にはナンとか耐えてくれたんだが――」
川原はそこで目を伏せ、言葉を濁した。

「……そう、スか。あいつ、一瞬、俺を庇いやがったんだ。無茶しやがって!先生、あいつを助けてやってくれ。じゃないと俺はリーダーとして――」
起上がろうとする坂巻の肩を、なだめる様に抱きとめると、川原は、やわらかな微笑を浮かべた。

「まだ起きるのは無理だぞ。お前の責任感の強さは分かってるが……そう気負うな。彼女のことは任せておけ。おまえだって相当な重傷なんだぞ。ゆっくり休め。艦長の話だと若手もだいぶ板についてきているようだし、やつらにも、もう十分、任せられるだろう。」

「そう……ですか。」
何処か遠くを見つめるような坂巻。

「おいおい。ちったぁ、若手も信頼してやれよ、坂巻!」
川原は努めて明るく言ってみせたが、しかし、坂巻はわずかに微笑みを浮かべただけで押し黙ってしまった。

自責の念にかられる坂巻を励ますように、川原は尚も笑顔を作ると、ぼそり――と呟く。
「なんだかフォンロンが変わってきたような気がしてな。」

「フォンロンが……変わる?」
川原の言葉に怪訝な面持ちで首を巡らす坂巻。

「なんていうのか、ようやく命が吹き込まれたような、そんなカンジがするんだよ。俺はヤマトに乗艦したことはないが……あの艦もこんな風にして、魂が宿っていったんじゃないかと、ふと思ってな。ヤマトに乗っていたおまえなら……感じるんじゃないか?」
「先生……。」

「なあ、坂巻。ただ悔やむだけでは何も変わらないぞ。志半ばで命を落とした仲間のためにも、傷ついて倒れてしまった仲間のためにも、やらなければならないことがおまえにはあるんじゃないのか?」
「はい……。」
「まずはしっかりと身体を治すことだ。な?」

坂巻は大粒の涙を零しながら、深く頷いた。


と、そこへ水谷と勝呂がバタバタとやって来た。

「なんだ?騒々しいヤツらだな!」
川原は眉間に皺を寄せて言った。

「あ、いや。スンマセン。川原先生。実は……あのぅ――」
口ごもる勝呂を押しのけて、水谷が単刀直入に尋ねる。
「先生!美歩は……吉岡美歩の具合はどうなんです?」

川原は二人を睨むと更に厳しい表情で言った。
「重体だと言わなかったか?面会はできんぞ。」

「やっぱり……。」

大きな溜息をついて、うつむく勝呂が、あまりに気の毒に見えたので、川原は苦笑した。
「しょうがねえなあ。ガラス越しに会わせてやるから来い!狼ども!!」

川原の言葉に、俺は違うでしょう――と抗議しながら水谷は、勝呂の頭をパコンと叩き、俺はコイツから美歩を守ってんです――と付け加えた。

後頭部をさすりながら、ちぇっ、と舌打ちをする勝呂。

川原は二人を集中治療室の入り口まで連れて行くと、ここまでだ――と言った。
そこで二人は神妙な顔つきになり、ガラス越しに吉岡の姿を探した。

「あれが……そう、なのか?」
かすれた声で呟く勝呂。
生命維持装置にあちこち繋がれていて、顔も見えず、本当にそれが吉岡なのかどうか判別もつかなかった。

水谷は妹のような幼馴染みを、沈痛な面持ちで黙って見つめていた。


川原は二人を残し、医務室に戻るや否や呆れたように声を上げた。
「なんだ、土方。おまえも来たのか?」

「はあ?おまえも――って、先生?」
土方は、肩で息をしながら、怪訝な面持ちで尋ねた。

「ったく、やかましい連中だ。」
呆れ顔の川原に、土方は口を尖らせて訴える。

「せっ、先生!俺はちゃんと艦長の許可を取って――」
「やれやれ。まったく、どいつもこいつも、迷惑なくらいに部下思いだな。」
川原は大きな溜息をつきつつ笑って言った。

「おい、土方。吉岡君は、おまえらのような悪い虫供がたからんように、窓越しからしか見せんぞ。」
「は?」
意味が分からず、口をあんぐりと開けている土方。

状況をよく、把握できないまま、川原の後をついて行くと……先客がいた。

先客は、土方の姿を見つけるなり、声を上げた。
「ああっ!なんで土方が来るんだよ!!」

「なっ、勝呂!?お、おまえこそ!!」

「ほう?ライバル同士、鉢合わせか。こいつぁ見ものだなぁ!!」
にやり、とする水谷。

「ライバルってどういうことよ?」
目を丸くして驚く勝呂。

「水谷さん、あなた面白がってないですか?」
ムキになって口を尖らす土方。

「バカヤロ!こんなとこで騒ぎ立てるヤツがあるか!おまえら此処に何しに来たんだ?それからひとこと言っておくが、俺は美歩の兄貴代わりなんだぞ。ま、言ってみれば保護者だ。その辺のところ、よ~く覚えておけよ。」

「え?」
固まる土方、目を剥く勝呂。

「ま、いずれにしても今は俺達の願いはみんな同じだ。そうだろ?」
水谷に言われて、無言で頷く土方と勝呂。

それから――。
悪い虫の土方と勝呂、保護者の水谷は、集中治療室の吉岡を、しばらくの間、身じろぎもせず、黙って見つめていた。

「大丈夫だよな。」
呟く勝呂。

「大丈夫さ。」
頷く土方。

「頑張れよ、美歩。俺は……おまえにはハッピーになって欲しいんだよ。」
祈る水谷。

3人は、それぞれの想いを胸に秘めて、無言で医務室を出ると、またそれぞれの場所に戻って行った。


ブリッジ――。

島はケリーに運んでもらった薄いコーヒーをすすりながら、ぼんやりしていた。
(あの時……俺も土方みたいに自分の気持ちに素直になれてたら――。何、考えてんだ、俺。今はそれどころじゃないだろ。あの時だって……。すべてはこの戦いが終わってからだ。そしたらきっと――)

島はコーヒーを、ぐいっと飲み干すと、気持ちを切り替えるようにケリーに明るく声を掛けた。

「ケリー。サンキュー。これ――」

しかし、振り返ったケリーは島を一瞥すると、ぴしゃっと言った。
「カップくらい、自分で返してきなさいよ!アタシは配膳係じゃないのよ!まったく!!」

「あ……。ああ。そう、だよな。」
島はバツが悪そうに頭を掻いた。

(ちぇっ!かわいくないなあ。だから見た目どおりの女――とか言われちまうんだ!ちったぁ、わかれっての!これが吉岡なら……吉岡……なら――)
島は、肩を落とし、ほぅ……っ、と小さい溜息をついた。

(馬鹿だな。結局、彼女と比べちまう……。)
島は、まだ温かいカップを両手で包む。

と――。
その姿が卑屈に見えたのか、後ろからケリーがカップを引ったくり取って吐き捨てるように言った。

「まったく!こんなことくらいで何をめそめそしてるのよ!分かったわよ。片付けといてあげるわよ。大体、回収BOXはドアを出たらすぐなのよ?それも面倒臭いの?あくまでも女を使おうとするんだから、呆れるわ!この艦の男ときたら、どいつもこいつも!」
ぶつぶつ言いながらケリーはドアを出てしまった。

(やれやれ。呆れたのはこっちだよ!)
島は、げんなりとしながら、ケリーの、女性にしては逞しすぎる背中を見送ると、どっと疲れて自席に戻った。

(兄ちゃんもこんな風に……艦長と雪さんを切ない気持ちで見つめていたんだろうか?)
島は亡き兄を思いながら、そっと操縦桿を撫でた。



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