[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
束の間の休息 2
展望室――。
珍しく肩を並べて佇んでいる土方と吉岡。
土方は長い沈黙を破って、おずおずと話しかける。
「吉岡。キミはどうして戦闘班、希望しなかったんだ?」
「別に。」
素っ気ない返事に、土方は小さく溜め息をついた。
「俺、ずっと不思議だったんだ。」
「何が?」
「キミは俺よりずっと優秀だったろ?なのに何故――」
言い切らないうちに彼女は答えた。
「私は土方君みたいに波動砲や主砲を撃ちたくて軍に入ったわけじゃないから。」
「お……俺だって別に波動砲撃ちたくて入ったわけじゃ――」
土方は唇を尖らせた。
「土方君を見てると、やってることがお子様過ぎてイライラするのよね。」
お子様――と言われて、カチンとなる土方。
「なんだよ、それ!俺は訓練生時代、キミに負けてばかりだった。戦闘シミュレーションでも学科でも……。ファルコンの操縦でさえ、女のキミに叶わなかった。なのになんでキミは戦闘班を希望しなかったんだ?君だったら間違いなく戦闘班のリーダーになってたはずじゃないか!」
吉岡は苛々した様子で土方を睨んだ。
「女のキミにだとかリーダーだとかって……次元の低いこと言わないでくれる?それにね、どっちが勝つとか負けるとか、ゲームやってるんじゃないのよ、私達は。」
頭ごなしに言われて、土方は口惜しそうに唇を噛んだ。
「土方君、古代艦長に言われた言葉、覚えてる?」
えっ?――と顔を上げる土方。目もくれない吉岡。
「敵であれ、私達が放った波動砲や主砲で、確実に人間が死ぬのよ?よくもまあ、ヘラヘラ笑えるわよね。私、あなたのそういうとこがキライなのよ。」
「……。」
土方は絶句した。
古代艦長の『誉められたことではない』という言葉は、そんな意味を孕んでいたのか。
土方は、深くうなだれる。
「私達地球人は生きる権利を主張したいだけ。好き好んで戦いたくはないわ。侵略者が飽くまで暴力で私達を従わせようとするなら、その存亡を賭けて抵抗するだけ。私は生きたい。愛している人々の命を守りたい。言われもなく殺されたくはないわ。それだけのために戦うだけ。戦闘班員として波動砲や主砲を撃つだけが地球を守る戦いじゃないわ。」
吉岡の強い口調に、土方は返す言葉もなく、ただただ項垂れるっばかりだった。
「俺……、なんにも考えてなかった。おじさんや、古代さんに憧れて訓練学校に入ったんだ。」
「大方、そんなとこだろうと思ってたわ。」
吉岡は、土方を鼻で笑いながら、更に言葉を継いだ。
「私の父は、アンドロメダの機関部のエンジニアだった。あなたのオジ様と運命を共にして死んだわ。」
「あ――。」
はっとなる土方。
「じゃ。私まだやることあるから。ごゆっくり。」
吉岡は、やってられない――というように、髪をかきあげると土方を振り返りもせず、展望室を出ていった。
「吉岡……。」
土方は一人、ぽつん……と残され、立ち尽くしていた。
と――。
吉岡美歩と入れ替わりに水谷が現れた。
「水谷さん……。エディがやられちまったって――」
土方は、水谷の憂いに満ちた顔を見て、小さく言った。
「ああ。大事な部下を失ってしまった。俺も辛いが、勝呂のヤツが、すっかりしょげちまってな。」
水谷は低く、静かな声で言った。
土方も辛そうに、星々をぼんやり眺めながら呟く。
「仲、良かったっスからね、あいつら。俺は勝呂とは、あんまり親しくはなかったけど……エディは気さくでサッパリしてて、男らしいイイヤツだった。俺も…好きだったな。」
「ああ。エディについては、みんなそう言うよ。」
そこで会話が途切れ、展望室は悲しみに沈んで、再び、しん……となった。
「水谷さん。水谷さんは吉岡と同じマンションでしたよね?」
土方は、ふと顔を上げると思いついたように言った。
「あ?ああ……。」
水谷は、土方の唐突な問いに少し驚いたような顔をしたが、ふっ、と微笑んで口を開く。
「あいつが2歳の時…だったかな。俺達、隣りに越してきたんだ。だから美歩のことは、ちっちゃい頃からよく知ってるよ。勝気で、そのクセ甘えん坊で……。なんていうか、あいつのことは――妹みたいに思ってるんだ。」
「じゃあ、戦闘科トップで訓練学校を卒業したのに、なんで戦闘班を希望しなかったか、水谷さんは分かりますか?」
土方の問いに、水谷は何故か顔を曇らせたが、土方は、その様子には気づかないようだった。
「あいつんとこは、オヤジもアニキも軍人でな……。どっちも亡くなってるんだ。」
「えっ!?オヤジさんだけじゃなくて、お兄さんも?」
土方は思わず声を上げた。
「ああ。オヤジさんは、とても穏かな好人物でな。誰からも慕われる人だった。エンジニアとしても、その腕は一流だったんだ。土方さんとも親しかったんだぜ。」
「そう……だったんですか。俺、ナンにも知らなくて――」
土方がそう言うと、水谷は、ハハハと声を上げて笑った。
「ったく!!おまえは人間関係とかには、おっそろしく疎いからなあ。」
「そっ、そんなことナイっスよっ!!」
土方は口を尖らせた。
水谷は、すぐに真顔に戻ると、少しうつむいた。
「そんなオヤジさんでもな、息子の方とはうまくいってなかったんだ。息子……美歩のアニキってのは、美歩より、ええと…6つ…いや、7つ年上でな。」
「7つ?ずいぶん離れてるんですね!!」
土方が目を丸くする。
「ああ。美歩は後妻さんの子供だから。」
「じゃあ……。」
土方は言葉に詰まった。
「そう。腹違いってことさ。アニキの母親ってのは病死したらしい。あいつが言うには、自分が生まれたことで一人だけ浮いてしまったように感じてたらしいんだよな。」
「吉岡が――ですか?」
「アニキが、さ。オヤジさんが再婚して美歩が生まれてから、親子関係がうまくいかなくなっちまったらしい。」
水谷の話によると――。
吉岡の兄は、中学を卒業するとすぐに、家を出てアメリカに渡った。
数年後、兄は陸軍の特殊工作員になっていた。
彼は周りから「氷の男」と呼ばれ、テロリストや犯罪者を顔色一つ変えず、容赦なく射殺するほどの冷酷非情な人間になっていたという。
数多くの事件を解決しはしたが、同時に多くの恨みも買っていたらしい。
彼は、ある年の冬、赴任先のヘルシンキで何者かに惨殺された。
妹の美歩は、兄がそんな人間になってしまったのも、惨たらしい最期を遂げたのも自分のせいだと思い込んでいるという。
「あいつが戦闘科を希望したのは人を傷つけるためじゃない。周りの大切な人達を守る術を身につけたかったからなんじゃないのかな。」
「そう……ですか。俺、吉岡に比べるとすげえ甘ちゃんだよな……。」
「そうだな。おまえは……あいつに比べると、まあ、確かに子供っぽいかも知れんな。でも、おまえは、あいつにはない、いい面を持ってる。おまえにはおまえの良さがある――ってことさ。これからいろいろ経験を積めばいい。」
「はい……。」
消え入りそうな声で返事をする土方の背中を、水谷はバシーンと叩いた。
「いってえーっ!!」思わず声を上げる土方。
「しっかりしろ!そんなじゃ美歩には鼻も引っかけてはもらえないぞ!!」
「なっ、何言ってンですかっ、水谷さんっ!!」
水谷の突然の言葉に土方は、激しく動揺し真っ赤になった。
「おまえといい勝呂といい……分かりやすい性格だなあ。」
水谷はそう言って、土方のうろたえぶりを大声で笑った。
「好きなんだろ?美歩のこと。」
水谷にストレートに問われて、赤い顔を更に赤くし、鼻を膨らませて言い訳をする純情な土方。
「す…スキとかキライとか…そっ…そんなんじゃないスよ。俺はただ…なんていうか…って…あれ?今、確か勝呂って……。それじゃ勝呂も――なんですか?」
「も――ってことは、やっぱりおまえ、好きなんじゃないか。わははははは。自分でばらしやがって!!わはははは。」
水谷は実に愉快そうに、涙を流しながら笑った。
「み、水谷さんっ!あんたっ、あんたっ、見かけと違って人が悪いなあーっ!!悪すぎますよーっ!!」
涙を溜めて抗議する土方。
「ま、いずれにしても頑張れよ!!」
ぽんぽん、と土方の肩を叩く水谷。
「なっ、何を頑張るってんですかっ!?」
ますます赤くなる土方。
「ば~か!!任務に決まってるだろうが!ナンだと思ったんだ?」
にやり――とする水谷。
「うっ……。あんたってヒトは心底――」
と、その時――。
艦内放送が流れる。どうやら緊急事態のようだった。
休息していた者達は、緊張した面持ちで、皆、それぞれの持ち場へと向かう。
二人の顔に厳しさが戻る。
「土方っ、行くぞ!!」
「はいっ!」
二人は展望室を飛び出すと揃って駆け出した。