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The human crossing in a hospital-2 ~ 生還 ~


漆黒の闇の中で雪は喘いでいた。
もがけばもがくほど、闇はねっとりと絡みつき、そのまま呑み込もうとする。

(助けて、古代クン!――。)
雪は、救いを求めて最愛の人の名を呼んだ。
しかし。
唇だけが空しく動いて、声を発することができない。

どうして?
喉が破れんばかりに、あの人の名を呼んだのに。
全身で叫んだ筈なのに。

声さえも奪われて、雪は絶望し、脱力した。
そのまま、どこまでも落ちていく。
いや、落ちているのではなく、沈んでいるのかもしれない。

落ちながら……今日までの記憶がフラッシュバックする。
そのすべてが。
長く苦しい戦いの日々と、辛く悲しい別れの記憶。

雪は泣いた。
声にならぬ声を上げて泣いた。
そして心も身体も冷え切って、凍えた。

(もう……私はこれで――)
雪は抗うことをやめた。
手足を縮め、さながら胎児のように身体を丸めて、そして――。


……き……ゆき……。

ふと、誰かに呼ばれたような気がした。
ハッ、となって目を開ける。

闇の中の、遥か彼方に光を見たような気がした。
同時に、航と澪の、無邪気で屈託のない笑顔が浮かんだ。

ママ……ママ……。

帰らなきゃ。帰らなきゃ、私――。

そう思った時、何かが弾けた気がした。


******************************


ぼんやりと視界が開けてゆく。

身体が重い。
だるい。
身体の、どの部分にも、まるで力が入らない。

意識が朦朧とする。
(ここ…は……?私、どうしたんだろう……。)

ゆっくりと記憶が戻ってくる。
(ああ……私、撃たれて、それから……それから?)

イヤな夢を見ていたような気がする。
そうだ。
とても暗くて寒い場所に私はいた。

再び、その中に引き戻されそうで、雪は目を閉じるのが怖かった。

眼球だけを巡らせる。

規則正しい機械音。
大掛かりな生命維持装置
(病……院?)

ふと覗き込んだ看護師と目が合った。
看護師は、あっ――と声を上げると、担当医を呼ぶために急いでコールボタンを押した。
「神倉先生!森さんが覚醒します!」

『はいよ~。』
威勢のいい声が返ってくる。

(神倉先生?涼ちゃん?そうか……。私、生きてたんだ。ここはやっぱり、病院だったんだ。)

間もなく、白衣の女医が入ってきた。

不敵な笑みを浮かべた翡翠の瞳が雪を覗き込んだ。
「ふふーん。さすがは元宇宙戦士、早いお目覚めだね。おっと。喋んなくてもいいよ。あんた、かなりヤバかったんだよ。さすがの私もダメかと一時は諦めかけたんだから。坊やのレイガンの出力が何故だかミニマムだったのと損傷部位が微妙に逸れてたのとでナンとか助かったんだよ。」

涼は雪を見下ろしたまま話を続けた。
「肝臓軽く引っかけて胃、脾臓、膵臓、腎臓と見事に損傷してました、と。腹膜炎起こしかけてたし出血量もべらぼうだったんだからね。ハッキリ言ってね、フツウなら8割、いや9割がた死んでるよ。なんとかおっつけたけど、まだ死ぬ可能性だってあるんだからね。あんたも医者ならわかるだろうけどさ。」

「……。」

「ったく!あんた専用にどれだけバンクしてある血液使ったか。もう勘弁してよ?アンタなら、このまま、おとなしくしてりゃ、まあなんとか大丈夫だと思いたいとこだけど。治療費、少なくとも3割増にしたいくらい疲れたわ。それにしても、よくまあ助かったよ。あんた見つけた時は生きた心地しなかったんだからね。撃たれて、さほど経たないうちに発見できて、ホント、良かったよ。お陰でワタシらはヘトヘトだ。」

涼はクルリと背中を向けると、ずびっ、と鼻をすすった。思わず涙ぐんだのを見られたくないらしかった。

「涼ちゃん……。ごめん。」
声にならない声を絞り出す雪に、涼はそっと首を振った。
相変わらず口こそ悪いが、涼は心底自分を心配してくれていたのだ。

雪も思わず涙ぐむ。

「悪いと思うなら無茶しないこと!いいね?あんたにはまだ、小さい子供がいるんだし。いや、手のかかるデカイ子供もいるしね。」

小さい子供とデカい子供……。
闇の中で声を聞いたような気がする。
もしかしたら自分を引き戻してくれたのは、夫と子供達かもしれない。

雪の胸は、ふっ、と温かくなり、思わず涙が込み上げた。

そんな雪を見つめて、涼がにこり、と微笑む。
「ま、いずれにしても完治するまでにはリハビリの期間も入れるとかなりかかるよ。」

雪は小さく頷いたものの、ふと不安げに涼の目を見る。
何か言おうと口を開きかけたが、声にならない。

涼は雪の心配を察して、笑って言った。
「あのデカい図体の看護師クンなら、意識も戻ったし、もう大丈夫。あんたのお陰だわ。それから異星人のボクも大丈夫。なんだか、あの子、ボロボロで左肩の傷がちょっと重かったけど命にゃ別状なかったよ。」

少年の症状を伝えたところで、雪は、えっ?――という表情を見せた。

「ああ。あんた意識なかったから知らないんだね。あんたが助けた女の子が銃、構えててさ、もうちょっとで、あのボクの頭に向かってぶっ放すとこだったんだわ。慌てて止めたけど間に合わなくてね。左肩に穴開けてくれちゃったよ。なんでも、あのボクが彼女のお母さんを殺したらしくてね。顔見てカァーッとなっちゃったらしい。で、あの女の子、ええと、シャーロットだっけ――精神的にも体力的にも、かなり参ってたから休ませてるよ。PTSDの心配もあるしね。私の元に置いて少しの間、様子を見ようと思うんだ。」

雪はかすれた声を振り絞るように出した。
「いろいろ……ありがとう。彼女…の、おじいさんが…彼女のこと、探してる…のよ。だから……落ち着いた…ら、送り届けてやって……。」

「うん。彼女のことは兼良さんからも聞いてるから大丈夫。あの子、以外にしっかりしてるし。心配しなくてもいいよ。あの子ならちゃんとやっていけるよ。」

雪は、ほっとして微笑もうとしたが、苦痛に顔を歪めた。

「あ、ごめん。喋りすぎた。寝な!あんたもナンとか一命を取りとめはしたけど、ムリしたらアウトだからね?」

雪は、すまなそうにコクッと頷いた。

涼は肩をすくめて見せ、計器のデータの確認を始めた。
それから、処置を2、3済ませると一息ついた。
「まだまだ安心できる数値には、ほど遠いからね。よしっ、と。まあ、さすがのあんたでも、しばらくは動きたくても動けないと思うけどね。」

ふふ。そうみたい――とでも言うように苦笑して見せる雪。

「笑いごっちゃないわい!ま、後のことは私らに任せてくれればいいから……。ゆっくりおやすみ、森雪。」

やわらかな微笑を浮かべる涼に雪は、こくり――と頷いた。

ほっとしたのか、ふんふんと鼻歌を歌いながら部屋を出て行く涼の背中に向けて、雪の唇が、そっと動いた。
「ありがとう、涼ちゃん。」



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