The human crossing in a hospital-1 〜 片恋 〜


「なんとも言えない状態になっちゃったね。」
森雪の手術を終え、着替えをすませた涼は、溜息混じりに呟くと、白衣の両ポケットに手を突っ込んで壁にもたれた。

「ああ。久々に厳しかったぜ……。でも、おまえはよくやったよ。」
国吉はクシャクシャになった髪をかき上げながら言った。

「どうでもいいけど、タフだね、彼女。あれ死んでるよ、フツー。ったく。彼女専用に血液バンクしてるわけじゃないんだっつうの。もう!」
涼が呆れたように言い放つ。

それを受けて頷きながら国吉も言う。
「まったくだ。森のことだ。どうせ無茶したんだろ。しかしなあ。おまえもすげえよ。あれを助けちまうんだからなあ。さすが天才だよ。」

「バーカ。『努力の人』と言って欲しいね。優雅な白鳥も水面下じゃあ必死こいて水かいてんだから。」
涼は、胡散臭そうに胸のIDカードを眺めると、指先でパチン、と弾いた。

「おまえってホントに素直じゃねえのなあ。」
国吉が苦笑する。

「でも今度ばかりは私も疲れた……。はあ……。そういやさあ、古代進は……何も知らないンだよね。」
涼は首を左右にコキコキと曲げながら長い吐息を漏らすと、天井を見上げるようにして目を閉じた。

「知らせてどうなるってワケじゃねえだろ。」
国吉は顎の下を撫でながら答える。

「そうだけどさ。万が一――」

ふと、顔を曇らせる涼に、意外――といった面持ちの国吉。
ガラじゃねえや――と思いながらも、励ましてみる。
「なんだ?おまえにしちゃ、珍しく弱気じゃねえか。やることはやったんだ。後は患者次第なんだとしたら、相手は森だ。アイツなら大丈夫さ。」

「ウン……。そう願いたいね。」
ふっ、と微笑んでみせる涼。

「休め。おまえ、だいぶ疲れてるだろ。後は俺とツクダが引き受けるから。」

「ふふん。今日はバカに、やさしいじゃん?」
涼は、ニッ、と笑って国吉の瞳を覗き込む。

「バカ。そんなんじゃ役に立たねえだろうが。いいから休め。」
照れて顔が赤らむのを隠すように、プイと横を向く国吉。

「ウン。ありがとう。そうさせてもらうわ。」
珍しく素直に微笑む涼に、国吉はどきり――とした。

神倉涼という女は、ぶっきらぼうで荒っぽい言葉と不敵なデカい態度が目にも鼻にもつく実にイヤミな女だが、黙ってさえいれば、実は近寄り難いほどの美貌の持ち主なのだ。

艶やかなプラチナブロンドの髪、その名のごとく涼やかで、明るく澄んだ翡翠の瞳、透けるような白い肌。胸は大きいとは言えないが、服の上のラインを見た限り、カタチはいいような気がする。
何しろプロポーションは抜群なのだ。ケチのつけようがない。医者というより、むしろモデルである。

彼女が現れるまでは、森雪も実は国吉の好みで、かなりイケていると思っていたが、外見だけなら恐らく彼女以上かも知れない。

ただ如何せん、性格がイケていないし、何よりマイナスなのは、世間をナメきったような、目つきの悪さだった。

しかし――。

今、目の前にいる涼は、少し乱れた髪が、そこはかとなく艶っぽくて男の目は釘付けになる。
(……ったく。コイツも、いつもこんな風に素直だったら、文句なくイイ女なのに――。)

ほんの数秒、見とれていた国吉の唇がおずおずと動いて、立ち去ろうとする涼を呼びとめる。
「涼……。」

「はん?」
涼の間延びした返事に、国吉はガクッときた。
「いや……いいんだ。なんでもない。」

「はあ?なんだあ?ヘンなヤツ。あ!ひょっとして『寝てみたい』とか思った?『やっぱ、いい女だよなあ』とか思っちゃったりなんかしちゃったりして?」
涼は悪戯っぽく笑って、国吉の顔を覗き込むと、からかうように言った。

「てめ!バカヤロ!!つってんじゃねえ!!」
国吉は心の内を見透かされているような気がして、慌てて叫んだ。

「うひひひひ、図星だったりして。アタシと寝たけりゃ、いつでもマンションに夜這いかけにおいで。わはははは!!じゃ、休ませてもらうね。何かあったら呼んで。」

「るせーっ!クソ女!!間違ってもオメエとは寝ねえ!!ああ!宇宙の果てで二人きりになったとしてもなあ!!くそっ!!早く行けっつんだよ!」
紅潮した顔を隠すように国吉は声を荒げる。

彼女らしい予防線の張り方だ、と思った。
コイツは口ぶりとは裏腹に意外と身持ちが固いからな――国吉は舌打ちをする。

当の涼は、へいへい、と言いながらクルリ――と背中を向けると、ひらひらと手を振りながら仮眠室へ向かった。

(ちっ!ったく!!なんだっていつもこうなんだ、この女は!でも……。いまさら言えないよな。惚れちまっただなんて――)

国吉は頭をかきながら、悶々と涼の後姿を見送った。



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