The human crossing in a hospital-3 〜女医と少女〜
シャーロット・ハサウェイは、激しい疲労のため、発熱していた。
わずか13歳の少女が、あれだけのことを経験したのだ。無理もない――そう言って、国吉怜一は労わるようにベッドに眠る彼女を見下ろす。
涼は黙って頷きながら点滴を調節する。
シャーロットの身体には、そこかしこに打撲や擦過傷があったが、いずれも軽傷で、大きなものでも10日もあればキレイに治ってしまうようなものばかりだった。
救出されたその日のうちに、意識を取り戻した兼良から、彼女の身の上を聞いていた涼は、むしろ心的外傷を懸念していた。
しかし、彼女は予想外にしっかりしていて、母親やその恋人の死をある程度、受け入れている様子だった。
むしろ彼女は、少年を撃ってしまったことと瀕死の雪に大きな衝撃を受けている様子で、病院に着いた時、かなりの興奮状態だった。
幸い少年は、重傷ではあるが命に別状はなく、また雪の方は必ず助けるからと誓って、ようやく彼女を納得させたのである。
また涼は、兼良から聞いていた彼女の祖父を探すため、被災者のキャンプに連絡を入れていた。
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――数日後。
涼のもとに朗報が届く。
「シャーロット!!お祖父さんと連絡が取れたよ!!」
「ホントですか!!」
涼の知らせにシャーロットの顔がくわあっと綻ぶ。
彼女の顔は、まだ若干、青白かったが、体力はかなり回復してきており、元気はいい。
「ホント、ホント!!でもまだ地上は戦闘状態にあるからね。すぐには連れてってあげらんないけど……。」
すまなそうな涼に、シャーロットは小さく微笑む。
「いえ。お互いの無事が確認しあえれば、それで。有り難うございました。良かった!私、一人じゃなかったんだ。」
シャーロットは、両手で顔を覆うと、肩を震わせて泣いた。
黙ってその肩を抱く涼。
シャーロットはひとしきり泣いて、涼から差し出されたハンカチで涙を拭うと、再び顔を曇らせ呟くように言った。
「あの人……。」
「うん?」
小首を傾げる涼。
「雪さんは大丈夫ですか?」
「うん。意識も戻ったし。まあ、まだ予断を許さない状態ではあるけれどね。彼女のことだから大丈夫でしょ。」
「そう。良かった。」
涼の言葉に、ほっと胸をなでおろすシャーロット。
「雪さん……、どうしてあの子のこと、撃たなかったんだろう?」
「どういうこと?」
シャーロットの言葉に怪訝な面持ちの涼。
「雪さん、最初は銃を構えてたんです。あの子、ふらついてたし、様子からいって雪さんが、有利だったはずなんです。」
「……。」
「でも、なんでだか、雪さん、銃を閉まっちゃったんです。そしたら、あの子が雪さんを――」
「そう、だったんだ……。大体、読めた。なるほどね、らしいや……。」
黙って聞いていた涼が大きく頷く。
今度はシャーロットの方が怪訝な顔つきになる。
「らしい――ってどういう、ことですか?」
「彼はまだ子供だし負傷していた。戦いたくて戦ってるんじゃなかったかもしれないし……。実際、彼の銃、出力がミニマムに絞ってあったのよ。そんな子に向かって森雪は……森雪なら、絶対に引き金を引かないだろうな。なんていうか……そういう性分なんじゃないかな。私はそう思うんだけど。」
「……わかるような気がします。」
「まあ、おかげでこっちは大変だったけどね。」
溜息交じりで肩をすくめる涼。
「それも…わかる気がします。」
「わはははは。あんたにもわかられちゃう森雪っていったい……わははははは。」
天井を向いて豪快に笑う涼につられて、ついクスリ、と笑うシャーロット。
しかし、彼女は何かに思い当たり、急に暗い表情をしてうつむいてしまった。
おずおずと口を開くシャーロット。
「あの……。私が撃ってしまった……あの男の子――」
しかし、涼はニコリと微笑んだ。
「ああ。あの坊やね。大丈夫。取り合えず命には別状ないから。ただまあ……地球人ではないんで、何かと検査が必要だし、しばらく様子をみないといけないんだよね。傷がある程度よくなって回復したら……軍に身柄は引き渡されちゃうんだけど。まあ、私も医者である権限を最大限利用して、あの子を悪いようにはさせないつもりでいるのよね。」
「そう、ですか。良かった……。でも。でも、私……どうしてあんな恐ろしいこと――」
シャーロットは両手で顔を覆い肩を震わせる。
涼は、ベッドの端に腰を下ろすと、彼女の小さな肩をそっと抱き寄せる。
「シャーロット。あんたもいろいろ大変だったみたいね。」
「……。」
両手で顔を覆ったままのシャーロット。
「兼良さんから大体のことは聞いてる。誰にもアンタのこと、責められないよ……。私がアンタでも――同じことしちゃったかも知れないしさ。」
涼は、やや声のトーンを落とし、労わるようにシャーロットを見つめた。
「あの子を撃っちゃったことに何も感じないでいられる方が、むしろ怖いよ。逆にあんたのその気持ち、忘れないでいた方がいい――って私は思うよ。」
涼の言葉を、うつむいたまま、黙って聞いているシャーロット。
「実はさ。私も……両親、いないんだ。」
「え?」
涼の言葉に思わず顔を上げるシャーロット。
涼は、ぽつぽつと語り出す。
「母は私が7歳の時に死んでしまってね。もっとも、自殺だったんだけど。父は――暗黒星団帝国って知ってる?」
「はい。その昔、地球を侵略してきた異星人――ですよね?もしかして、お父さん……犠牲に?」
「父も一応、医者の端くれだったから負傷者の手当てやら収容やらを手伝ってたんだけど、直撃食らって跡形もなかったらしいね。」
淡々と語る涼にシャーロットは、わずかに眉を顰めた。
「……なんだか、ずいぶん他人行儀な言い方なんですね。」
頭をかいて苦笑する涼。
「あはは、そうだね。まあ、父親っつっても一緒に暮らしてなかったから。はっきり言ってフツウの親子のような愛情、持ってなかったからね、お互い。それでも私なりに……ショックではあったけど。」
「え?」
どういうこと?――といった表情のシャーロット。
「母は父の、いわゆる愛人だったもんでね。父の家族とは折り合いが悪かった――というか……愛人の子なんて、そうそう受け入れられるもんじゃないでしょ、フツウ?私は母が死んでから12歳まで施設で育ったんだ。」
まるで他人事のように語る涼。
「そう……だったんですか。」
さっきのは失言だった――とうつむくシャーロット。
「あなたは、お母さんや、周りの人達に愛されて育ったみたいね。」
穏やかな眼差しの涼。
「どうしてわかるんですか?」
「わかるよ。なんとなくね。」
「先生は――」
「涼でいいよ。」
「涼……さんは、ずっと一人で生きてきたんですね。」
真っ直ぐな蒼い瞳が涼を捉える。
「いや、一人じゃ生きられなかったよ。私は――いろんな人に出会って、助けられて生きてきた。でなきゃとっくに――」
「はい。私もです。」
涼の言葉を遮って、微笑んでみせるシャーロット。
「あはは。かなわないなあ。私よりずっとオトナじゃん!」
苦笑する涼を、きょとん、として見つめるシャーロット。
「あ、そうそう。あんたがお祖父さんとこへ行くまでは、私があんたの保護者代わりだから。よろしくね、シャーロット。」
やさしく微笑んで右手を差し出す涼。
同じように微笑んで、その手を握り返すシャーロット。
「雪さんと兼良さん、早く元気になってくれるといいですね。それから……あの子も。」
「私を誰だと思ってんのよ。任せといて。」
ニッ、と不敵に笑って、大きく力強く頷いてみせる、頼もしい涼。