戦士と女神 4


「森さん。どうです、具合は?」
瀬田が去った後、桂木が照れ臭そうにやって来た。

「あんまり大丈夫でもないけど。」
と、大げさに顔をしかめてみせる雪。
確かに顔色は悪いが、その口もとが穏やかに微笑んでいたので、桂木は、ほっとした。

「からかわんで下さいよ、森さん。そうでなくても俺、肩身狭いんスから!」
口を尖らせて抗議する桂木。

「ふふ、ごめんね。でも、びっくりしたなあ。桂木クンが陸戦隊の隊長だなんて。」
雪は謝りながら感慨深げにそう言った。

しかし、当の桂木は浮かない顔である。

「いえ……。驚いたのは俺自身です。いきなり隊長に任命だなんて……。実戦の経験なんて、あの月基地以来だし……。あの時だって、情けなく引っくり返っているところを、あなたに助けてもらって……。ケガまでさせてしまったのに、俺は何もできなかった……。こんな役回り、俺には土台、無理なんですよ。」

雪は黙って聞いていたが、嘆く桂木にきっぱりと言った。

「そうね。あなたには向いていないと思うわ。」

えっ――と顔を上げる桂木。
予想外の、厳しい言葉だった。

「桂木クンには向いてないわ、この仕事。人手不足っていうのはわかるけど、あなたをリーダーにしたのは明らかに人選ミスだと思うわ。恐らく……あなたの経歴だけを見て決めたんでしょうけど。桂木クン、あなたは判断力に大きく欠けるわ。先々の不安にことごとく囚われすぎて身動きがとれなくなってしまうのよね。そうでしょう?」

「……。」
桂木はうなだれたまま、何も答えなかった。
いや。答えることができなかった。

「上に立つ者が迷ってしまっては、部下はそれ以上に不安になってしまうわよ。あれじゃ思うように動けない。ついて行けないわ。」

雪の容赦のない言葉に、強張る桂木の表情……。

「そう……ですね。確かに……森さんの仰るとおりだと思います。でも、最初は頑張ったんです。俺なりに。それが……。一度、失敗するとビビッちまって……。あとは泥沼でした。俺の判断ひとつに大勢の人間の命がかかってるんだって思うと……。もしも……俺の判断が間違っていたら……と思うと、恐くて恐くて、まったく自信がなくて……。毎日が不安で不安でたまりませんでした。結局……俺のせいで――」
桂木は、声を震わせながらそこまで言うと、髪をかきむしるように両手で頭を抱え込んだ。

「俺のせいで大勢の犠牲者を出してしまったんです……。ダメなんだ、俺は。俺は…俺は……ホントにダメな人間なんだ。」

雪は、今にも泣き出しそうな桂木を、じっと見つめていた。
見つめながら思い出していた。
多くの犠牲者を出し、同じように苦しんでいた若き日の夫の姿を。

つい、慰めたくなって口を開きかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
あえて淡々と語る雪。

「あなたのこと、ダメだとは言わないわ。事実、あなたは指示を出せば、きちんと的確に自分の任務をこなす人よ。誰よりもね。適材適所ってことも考えずに、表面的なデータだけで振り分けてしまったことが、そもそもの間違いなのよ。」

「そう……ですよね。俺、人の上に立てるような人間じゃないし……。ホントはもう、やってく自信なんかないんです……。なんだかもう、どうでもよくなってるっていうか――」

「だったら……。」
桂木の言葉を遮る雪。

「だったら、やめたらいいわ。」

雪の次の言葉に桂木は凍りついた。

「そんな気持ちで戦いに出られたら、いい迷惑だわ。あなたを信じて、あなたと共に命がけで戦ってきた仲間はどうなるの?あなたは何故、ここにいるの?戦うのが、死ぬのが、失うのが、怖くない人間なんてどこにもいやしないわ。私も瀬田クンも……そして、あなたが憧れた古代進もね。」

雪の口調は静かだが、とても厳しく、強いものだった。
普段は穏やかでやさしい雪の、別の一面を見た気がした。
桂木は唇をギュッと噛みしめ、固く目をつぶり、小刻みに肩を震わせる。

「俺は、俺は――」
ぎゅうっとズボンを握り締める桂木。

「桂木クンは桂木クンなりに、よく頑張ったと思うわ。古代クンも瀬田クンも、苦しんで苦しんで、数々の戦いを潜り抜けてきたのよ。確かに……向き不向きもあるかも知れないけれど、みんな……ただ一つの願いを支えに生き抜いてきたわ。心にいくつもの癒えない傷を作りながらね。」

嗚咽する桂木を労わるように見つめながら雪は、最後にひとつ、囁くように尋ねた。

「桂木クンは……何のために……何を信じて戦ってきたの?」


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武器庫の点検にやって来た瀬田は、片隅で膝を抱えて座り込んでいる男を発見して、ギョッとした。

「うわっ!誰だ、お前!はん……?桂木?桂木か?そこで何をしている?」

雪を見舞うと言って出て行った桂木だった。

名前を呼ばれて桂木は、ゆっくりと顔を上げたが、なんだか目が腫れぼったく、どうやら泣いていたようにも見える。

「なんだ、おまえ……。そこで何やってるんだ?たまげるじゃねえか!」

無言の桂木。

「……森に何か言われたのか?おい!なんか言え!黙ってねえで言え、コラ!」

尋ねられても黙ってうつむくだけの桂木だったが、瀬田にあまりにしつこく尋ねられて、仕方なく、つい今しがた雪に言われたことを、ぽつぽつと話し出した。

桂木の話を、一通り聞き終えた瀬田は、顎に手をやりながら、ふふん――と小さく笑った。

「やれやれ。森もカワイイ顔してキツイこと言うなあ。だがな。森の言うことはホントのことだぞ。おまえが憧れてた古代のヤツもな。ああ見えていくつもいくつも壁にぶち当たってきたんだ。むろん、俺も、そして森自身もだ。まあ、俺達の仕事はいつも自分や誰かの死と向かい合わせで、あの世に近いところにいるからな。ブルっちまう、おまえの気持ちもわからんでもないさ。それにリーダーなんてのは、おまえにゃ向いてないって俺も思うんだ。だから……森の言うように、おまえの心に迷いがあるのなら、やめても構わない。おまえの自由だからな。まあ、戦闘も一段落着いたところだし、ゆっくり考えろ。」

瀬田の声は、いつになく穏やかでやさしかった。
しょんぼりする桂木の肩を、ぽんぽんと叩いて、そうか、森がそんなことを言ったか――などと言いながら、瀬田は空を向いて豪快に笑って去って行った。

「隊長……。」
ぼんやり見送る桂木。


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翌日。
瀬田は、忙しく駆け回る桂木を呼びとめた。
「おい、桂木。」

「は?」

「一段落着いたら、沢野と一緒に森を病院まで送れ!」

「は、はい……。」

顔を引きつらせて返事をする桂木を睨みつける瀬田。
「なんだ?不満か?」

「い、いえ……。」
上目遣いに瀬田を見やる桂木。

「森のヤツ、軽口叩いちゃいるが、あんまりいいとは思えない。いつまでもこんなとこに置いとけねえだろ?薬もねえし、取り返しのつかないことになり兼ねんからな。」
腕を組み眉間に皺を寄せる瀬田。

桂木も大きく頷く。
「自分も……そう思います。」

「いいか。きっちり守れよ。森に何かあったら古代のヤツに殺されるからな!肝に命じとけ!」
瀬田はにやりとしながら、桂木の胸を拳で軽く叩いた。

「はいっ!」
桂木は直立不動の姿勢で、瀬田の気持ちに応えるように力強く返事をした。



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