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少年兵
雪は、ビルがよく見える位置まで、ゆっくりと移動した。
ライフルのスコープ越しに敵兵を探す。
(!)
なんと気配の主は14、5歳の少年兵だった。
兼良が狙撃された時に見た小柄な兵士は彼だったのか――。
子供まで参戦していたなんて――。
雪は、やりきれない思いで銃を構えた。
少年は負傷しているようだ。
もっとも自分は彼に向かって二度、発砲している。
しかし、あの時の一瞬のためらいで致命傷には至らなかった筈だ――。
事実、彼は右腕に傷を負ったものの、手当てを受けて再び追撃に参加していたのだ。
雪はライフルではなく、使い慣れた自分のコスモガンを手にした。
敵の少年は、ゆっくりと雪の存在に気がついた。
少年は逃げようとはしなかった。
戦う覚悟でいるようだ。
確実に倒すには少々距離がある。
雪は、ゆっくりと立ち上がり、銃口を少年に向けて、再び身構えた。
束ねていた髪が解けて、ふわっと風になびいた。
(女?女の兵士なのか……?)
女ならもしかしたら――。
少年は勝機があるような気がした。
少年も銃を構えようとした。が、腕に激痛が走る。
しかも車中から飛び出した時の打撲で体中のあちこちが痛む。
(っつうっ。くっそう。腕が上がんねえ。あちこち痛みやがる……。もうここまでなのか?)
痛みと悔しさに、ぎりぎりと歯を噛み締める少年。
しかし。
相手は撃ってこない。
(なぜだ?向こうも負傷してるのか?いや、そんな風には。それとも俺がガキだと思ってナメてんのか?くそう!)
少年は焦り始めていた。
雪は少しずつ間合いを詰めた。
少年の容貌が見て取れる距離。
彼は撃ってこない。
肩で息をしている。
どうやら思った以上に傷が深そうだ。
雪の胸が、ずきり――と痛んだ。
少年も震えながら銃を向けたが、相手には隙が感じられなかった。
敵の銃口はピタリと自分に向いている。
どうやら思ったとおり女兵士らしいが、かなり戦い慣れているようだ。
撃ち合ったら確実にやられる――少年は唇を噛み締めた。
更に一歩、二歩…と間合いを詰める。
雪は、ついに少年と至近距離で対峙した。
まだ、あどけない顔の少年。
その瞳が怯えながらもキッと雪を睨む。
胸がしめつけられる思いがした。
雪は少年の双眸を真っ直ぐにとらえ、見つめた。
(やめなさい。)
雪は、ゆっくりと首を横に振ると、コスモガンをホルスターに収め、闘う意志がないことを示す。
少年は激しく動揺した。
女兵士は美しく、その瞳は、限りなくやさしく穏やかに見えた。
動揺と苦痛で銃口が定まらずに揺れる。
(何故だ?何故、俺を撃たない?そんな目で俺を見るな!!おまえらを殺らなきゃ、俺が殺られちまうんだ。)
少年の呼吸が荒くなる。
(やめろ!そんな目で見るな!俺を見るな!)
少年は、ぎゅっと目をつぶり、大声で叫んだ。
「やめろーっ!」
同時にトリガーを引く。
ギュン――という音とともに閃く光線を雪は見た。
「あ。」
雪は、がくっ――と両膝を突くと、腹部を抑え、身体を二つに折るようにして座り込んだ。
ああ。私は死ぬのか――。
意識が薄れていく。
なんだか、疲れた。とても――。
もう……いいかも知れない。
ねっとりとした暗闇が雪を呑み込んで、ずるずると引きずる。
一瞬、雪の脳裏に夫と二人の幼い我が子の顔が浮かんだ。
その顔に救出した少女の顔が重なる。
そして兼良の屈託のない微笑み。
雪は、はっ――となって上体を起こすと、目を閉じたまま天を仰いだ。
(私……何やってるんだろう。まだやらなくちゃならないことが、たくさんあるのに……。死んでなんか……私はまだ――)
少年は呆然とし、銃を握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。
目を大きく見開き、全身をがくがく震わせている。
雪は向き直ると、ゆっくりと目を開け、少年をじっと見つめた。
その瞳からは苦痛は感じられず、むしろ慈悲深く包み込むようなやさしさに溢れていた。
(やめましょう。)
銃口を向ける少年に、雪はもう一度、首を横に振って、やわらかく微笑んだ。
少年は荒い呼吸で両肩を大きく上下させ、ガチャリ、と銃を落とした。
そして、ガクリと膝をつき、地面に突っ伏して激しく嗚咽した。
雪は、ほっとしたように小さく息をつくと、再び目を閉じ、端座したまま前のめりに倒れ込んで、意識を失った。